8月の法話
法華経とは。--------------------------------

月の21日から5日間比叡山で毎年の行事があり行ってまいりました。
これは、昔比叡山を開かれた伝教大師(でんぎょうだいし)さまが地元の人たちに法華経の話しをされた時代がございまして、以降選ばれた方が毎年琵琶湖の畔で法華経の説法をされるようになったという行事です。

とても暑い中で行うので、今年も話す方も聞く方も汗だくになりながら開催されておりました。

法華経とは、今皆様とも一緒にお唱えしました観音経も法華経の中の25番目のお経です。
また、その後お焼香の時にお唱えしました自我偈(じがげ)というのも法華経の中の16番目のお経です。

この法華経とは、誰もが仏になれるという事をお釈迦様が言っているお経になります。
今の我々の感覚からすると、『それは普通じゃないの?』と思うかもしれませんが、その法華経が現れるまでは実は誰でも成仏出来るとは考えられていませんでした。
では、当時はどうすれば成仏出来ると言われていたか。
それは一生懸命修行をすれば仏になれるとういうのが、それまでの考え方だったのです。

ところが、法華経により初めて我々生きている全ての者が仏になれますよ。
という事をお釈迦様が約束してくれたのです。ですので、この法華経が日本に伝わって以来、日本の国では誰もが仏様になれるという考えが定着したのですね。

今でも仏教が盛んな国には、タイ・ミャンマー・ベトナム・ラオス・カンボジア・スリランカ・チベットなど色々ありますが、これらの国の方では誰でも仏様になれるとは言っていません。
これらの国では人間は皆、輪廻(りんね)をすると考えられています。
輪廻とは六道の世界です。天・人・修羅・畜生・餓鬼・地獄、この6つの世界を生きている時の行いによって次の世界が決まると言われています。
衆はずっと永久に世界を移り変わっているという考え方です。
これだと終わりがないので、いつまでも救われないわけですね。それに対し、法華経ではそんな事はないという考えを持った画期的なお経なのです。

勿論東南アジアの方の仏教でも、全ての人が救われないとは言っていませんが、一部の一生懸命修行をした人しか仏様にはなれないという考え方になっています。

日本では法華経に基づいて誰でも仏様になれるという考えが定着しておりますので、仏様になれるのは当たり前じゃないかと思っている方も多いかと思います。

しかし、実はお釈迦様の教えの中でもだんだん変化があり、ようやく法華経というお経が出来て初めて誰もが救われるという考えになっていったのですね。

法華経の中でも、私たちは特に『救い』というところに焦点を当てまして、法華経の中の25番目の観音経。
もう一つは16番目の自我偈(じがげ)というお経をお唱えしております。
この自我偈(じがげ)とは、誰でも仏になれるというところを一番強調しているお経です。

ですから、皆様も自我偈(じがげ)を読んでいる時には、私たちはいずれ仏になれるんだという思いを持って読んで頂ければありがたいです。

また、観音経を読んでいる時は、あの観音様が我々を見守りお力を与えて下さっているという思いを持って読んで頂けると、血となり肉となるのではないかと思います。

まだまだ残暑が続きますので、熱中症には気をつけて頂いて次回の秋の大祭でまたお元気でお会い出来る事を楽しみにしております。

以上で8月の月例祭の法要を終わらせて頂きます。

ありがとうございました。